大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)91号 判決 1962年12月18日

原告 京阪神急行電鉄株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三三年抗告審判第一五〇五号事件について昭和三五年八月五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文第一項同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、特許庁に対し昭和三〇年九月七日「軌条自動塗油方法」について特許出願し、昭和三三年五月二七日拒絶査定がされたので、同年六月三〇日この査定に対し抗告審判の請求をし、昭和三三年抗告審判第一五〇五号事件として審理された結果、昭和三五年八月五日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、同審決の謄本は、同月一〇日原告に送達された。

二  原告の出願にかかる本件発明(以下本願発明という。)の特許請求の範囲は、「電車車両の台車における走行中軌条に対しほとんどその位置を変化しない箇所に固定せるブラケツトに、所要の調整用楕円孔を穿設した水平鈑および傾斜鈑を連成せる調整ブラケツトを介在させて、電車制動用圧縮空気の加圧で開口、給油する開閉弁を内装せる噴油ノーズル基体を、前後上下に移動調整しうるようにして、これを直線軌条たると曲線軌条たるとを問わず、軌条の内側面の車輪縁との摺擦箇所に対し常時所要の一定角度を保持させることにより、車両走行中、終始適確に所要量の潤滑油を自動的に塗油することを特徴とする軌条自動塗油方法」にある。

三  本件審決が引用した(一)昭和四年三月二八日出願、特許第八七五二七号「軌条自働給油装置」(以下第一引用例という。)は、「機関車が曲線軌道を通過する際その主枠と転向車枠との相対廻動を利用して自動的に噴油口を開きもつて外方軌条の内面にのみ給油する特徴を有する軌条自働給油装置」であり、(二)昭和二六年八月一日出願、実用新案出願公告昭和二八年第一一一四号「電気車における空気力撒砂装置」(以下第二引用例という。)は、「空気溜(9)より制動弁(7)を通して制動筒(6)に送気する管(11)より分岐して管(12)および(14)を設け、管(12)は締切り弁(17)、逆止弁(19)および管(13)を通して前車輪(2)の撒砂器(4)に、管(14)は締切り弁(18)、逆止弁(20)および管(15)を通して後車輪(3)の撒砂器(5)に、それぞれ連通するとともに、前記管(13)には足踏弁(21)、管(16)を介して空気溜(9)に、管(15)には足踏弁(22)、管(16)を介して空気溜(9)に、それぞれ連通する空気送入分路を設けてなる電気車における空気力撒砂装置の構造」にかかるものである。

四  本件審決の理由の要旨は、本願発明は、第一および第二引用例から当業者の容易に推考できる程度のことに過ぎないから、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条に規定する新規な工業的発明ということはできないというにある。

五  けれども、本件審決は、つぎのとおり違法であり、取り消されるべきである。すなわち、

第一引用例のものにおいては、(イ)その給油は電車が曲線軌道を通過する際にのみされ、直線軌道走行中は自動給油ができないばかりでなく、(ロ)その自動給油は、主枠と転向車枠との相対廻動を利用してされるものであるから、本願発明におけるように噴油ノーズルを直線軌道たると曲線軌道たるとを問わず、所要箇所すなわち軌条の内側面の車両縁との摺擦箇所に常時一定角度を保持して終始いかなる電車速度に達した場合においても適確に自動給油することができるものではないのであり、また、第二引用例は、軌条と車輪との摩擦をいかにして大にし制動効果を増大するかという目的のために砂をまくという手段をとつている装置に関し、本願発明が軌条と車輪縁との摩擦をいかにして極小にするかを目的としているのは、まつたく反対のもので根本的に相違する。したがつて、第二引用例には、本願発明のようにプラケツトの固定的取りつけと調整用楕円孔を穿設した水平鈑および傾斜鈑を連成した調整ブラケツトの介在により、噴油ノーズルを軌条の所要塗油箇所に対し、走行車両の車輪の軌条との摺擦摩耗による変化および荷重による軌条の撓曲等の具体的事情にも影響されることなく、終始一定角度を保持してすこしも浪費のない適確な塗油をすることができるとの記載がまつたく存しない。

これに対し、本願発明は、右各引用例には存しない右に指摘したとおりのすぐれた工業的効果および終始いかなる電車速度に達した場合においても適確に所要量の塗油が合理的かつ自動的にできる作用効果を奏するものである。なお、その効果について説明を加えると、本願発明においては、潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射させるようにしてあるから、潤滑油は四散せず適確に軌条の摺擦部分に注油されるというこれまでにない顕著な効果を奏するのであり、この点は、本願発明の特許請求の範囲における「電車制動用圧縮空気の加圧で開口、給油する開閉弁を内装せる噴油ノーズル基体」をもつて「直線軌条たると曲線軌条たるとを問わず、軌条の内側面の車輪縁との摺擦箇所に対し」「車両走行中、終始、適確に所要量の潤滑油を自動的に塗油することを特徴とする」「方法」であるとの記載、発明の詳細なる説明の項における「車両が停止している時には、電磁弁(7)の開閉弁(8)は閉止状態にあ」つて、圧縮空気の加圧がないから、ノーズル基体(25)に内装された開閉弁(33)は開口せず、したがつて、給油しないが、「車両走行中は電磁弁(7)の開閉弁(8)が開口しているので」、圧縮空気の加圧により開閉弁(33)は開口して噴油ノーズル(27)に給油し、同時に、圧縮空気は噴気ノーズル(26)にも送気され、「噴出する潤滑油はその外周部にあらしめられた」「噴出する圧縮空気によつて付勢され」「軌条(22)の内側面の車両縁との摺擦箇所に対し適確に所要量の塗油を」自動的になすものであることおよびその効果について「終始いかなる電車速度に達した場合においても適確に所要量の塗油が合理的に自動的にされ得て、いささかの浪費もなからしめうる著大な工業的効果」が噴油を噴射空気で取り囲んで噴射させることによつてはじめて挙げうるものであることが記載されていることから明らかである。そして、電車速度が毎秒三〇メートルにも達すると在来の塗油方法では、ごく小さい軌条と軌条の接ぎ目でもそのシヨツクは大であり、潤滑油は飛散しかなり浪費されるが、圧縮空気の噴射速度は秒速七〇ないし一〇〇メートルであるから、本願発明においては、噴油を噴射空気で取り囲むことにより風圧を無視でき終始いかなる電車速度に達した場合でも浪費のない所期の塗油がされるのである。本願発明における右効果は、電鉄業界においては、きわめて著大な工業的効果である。この著大な工業的効果を実現するには、本願発明において「噴油を噴射空気で取り囲んで噴油を拡散させないようにし(細い線条にして)噴油する」という要件を満足することによつて、はじめて達せられるものであるから、この要件は、本願発明における必要不可欠の要件である。なお、特定の発明の構成要件は、特許請求の範囲の項の記載だけでなく、発明の詳細なる説明の項の記載、実施例の構成、その発明の目的を達するについて必要な前提的要件によつても、これを決すべきものであることは、従来判例ともされて来たことである。

本願発明は、右のとおりの構成と著大な工業的効果を有しているのに、従来、当業技術者においてこのような方法を実施したことがまつたくなかつた事実に徴して、当業技術者の容易に推考することができない新規な工業的発明というべきものであることは明らかである。

しかも、第一引用例では、(a)曲線軌道通過時、停車すれば、油は出放しになり、また、(b)直線軌道進行中は給油することができないから、本願発明におけるように、「停車中は(送気弁を閉ぢ、送気を停止して)油噴射器より噴油しないようにし、車両走行中は(送気弁を開いて)噴油を噴射空気で取り囲んで所要箇所に適確に噴油」し、油の浪費なからしめるという主要な構想を、これから容易に想到することはとうていできない。被告の立証をみても、噴油を噴射に際し噴射空気で外側から拡散させて噴霧する拡散目的のものはあつても、本願発明のように拡散をなくす目的のものはなく、本願発明と比すべくもないものばかりである。

なお、本願発明と噴油ノーズルの構成のまつたく同一である「圧縮空気による軌条自動塗油装置」(昭和三〇年八月二四日出願、特許出願公告昭和三二年第一〇七五七号。甲第四号証)が特許登録されているが、この事実は、これと技術内容を同じくする本願発明の出願前何人も本願発明の方法を実施していなかつたことを明らかにするものであり、また、この発明と第一引用例と本願発明との技術内容の寄せ合せを骨子とし、ただ、送気制御弁の開閉手段として振子を用いるという公知の設計的変更を加え、迂廻的手段をとつたにとどまる「鉄道車両の自動給油装置」(昭和三二年五月一三日出願、特許出願公告昭和三五年第一三三〇九号。甲第五号証)が出願公告になつている事実に徴しても、本願発明の方法をその出願前実施したもののなかつたことが明らかである。以上の点について判断を誤つた本件審決は違法である。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一ないし第四項の事実は認める。

同第五項の点は争う。

第一引用例には、軌条と車輪との摺擦部分に気圧によつて減摩油を必要時に自動的に噴射させて該摺擦部分の摩耗を防止するという車両の自動塗油手段の構想が、また、第二引用例には、車両の車輪と軌条間に滑止め用砂を必要に応じて制動用圧縮空気を利用して自動的に噴射するようにした手段、すなわち、車輪と軌条間に滑止め材を自動的に噴射するための圧力源として必要に応じて制動用圧縮空気を利用するという着想が、公知の事実として示されているところ、本願発明は、これらの公知事実と技術常識にもとづいて容易に推考できるものである。すなわち、本願発明において車輪と軌条間に供給すべき減摩油の圧力源として制動用圧縮空気を利用するようにした点は、第二引用例の公知事実に対比すると、単に供給材料が減摩油であるか滑止め材であるかの差異があるだけで、その供給方法としては互に一致するものであり、また、車両の走行中軌道の曲直に関係なく塗油するようにした点も、供給すべきものを必要時に噴射できるようにした第二引用例の公知事実から容易に推考できるものと認められ、さらに、一般に部品の取付けにあたつて、その部品のもつとも適当なところに該部品の取付け位置を適宜選択することや、ある部分に一つの部品を取り付けた場合両者相互間の高さや角度の変位に応じて両者の相互位置を適当にするためにその部品の取付け位置を適宜調整するようなことは、当業技術者が必要に応じて容易になしうる尋常の設計の範囲を出ないものであるから、本願発明において、ブラケツトの取付け位置を車枠の適当な部分に選択し、かつ、調整ブラケツトを用いるようにした点には、何らの発明の存在も認められない。そして、原告が本願発明の効果として主張する点も、いずれも、右に述べた尋常の設計によつて当然予測され、もたらされるにすぎないものであり、このような尋常の設計によりもたらされる効果以外に何ら新たな効果をもたない本願発明は、たといそれが従来実施されたことがなかつたとしても、当業技術者が右の公知技術と技術常識とにもとづいて容易に推考できるものと認めるのが相当である。なお、本願発明において、潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射するようにしてあるから潤滑油は四散せず適確に軌条の摺擦部分に注油されるとの点については、このような噴射の構成が発明の詳細なる説明の項において一実施例として示されているだけで、特許請求の範囲には記載されてなく、そこには、ただ加圧空気で開口、給油する開閉弁を内装した噴油ノーズルの構成のほか発明の目的が示されているにすぎないから、それは本願発明の要旨に包含されないところであり、しかも、その構成による効果に関しては、発明の詳細なる説明の項にも記載がないし、本願発明の効果は噴油を噴射空気で取り囲んで噴射させることによつてはじめて得られるという記載もないから、原告のこの点についての主張も失当である。仮に、噴油を噴射空気で包んで噴射するという構成が本願発明の構成要件の一つであるとしても、そのような手段は、従来周知慣用に属するところであり(乙第一ないし第四号証)、このような周知慣用の手段を本願発明におけるように用いる程度のことは、当業技術者の必要に応じて容易にしうる範囲を出ないことに属する。したがつて、本願発明は、旧特許法第一条の発明を構成せず、本件審決に違法はなく、原告の本訴請求は理由がない。

第四証拠<省略>

理由

一  本件審査および審判手続の経緯、本件審決理由の要旨についての請求原因第一および第四項の事実ならびに本願発明の特許請求の範囲の項の記載が請求原因第二項のとおりであることについては、当事者間に争がない。

二  ところで、原告は、本願発明は、潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射させることをその発明構成要件の一つとする旨主張し、被告は、これを争つているので、この点について考える。

もともと、発明の構成必須要件は、明細書の特許請求の範囲の項の記載にもとづいて定むべきであることは、本件に適用されるべき旧特許法施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第三八条第五項に「特許請求ノ範囲ニハ発明ノ構成ニ缺クヘカラサル事項ノミヲ一項ニ記載スヘシ」と規定されていることからも明らかであり、ただ、特許請求の範囲の項に記載されたところが不明確で発明の要旨を把握し難い場合はともかく、特許請求の範囲の項に少しも記載されていない事項を明細書の発明の詳細なる説明の項の記載等によつて発明の要旨に付加することは許されない。本件において、潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射する旨の構成を示す記載は、特許請求の範囲の項には存しない。原告が同項中右の構成を示す部分として指摘する「電車制動用圧縮空気の加圧で開口、給油する開閉弁を内装せる噴油ノーズル基体」をもつて「直線軌条たると曲線軌条たるとを問わず、軌条の内側面の車輪縁との摺擦箇所に対し」「車両走行中、終始、適確に所要量の潤滑油を自動的に塗油することを特徴とする」「方法」の記載も、原告主張の趣旨のものと解することはできない。なるほど、本願発明の詳細なる説明の項には、(イ)「車両が停止している時には、電磁弁(7)の開閉弁(8)は閉止状態にあ」つて、給油しないが、「車両走行中は電磁弁(7)の開閉弁(8)が開口しているので」「噴出する潤滑油はその外周部にあらしめられた」「噴出する圧縮空気によつて付勢され」「軌条(22)の内側面と車輪縁との摺擦箇所に対し適確に所要量の塗油を」するものであることおよび(ロ)「本願発明の方法によるときは、……終始いかなる電車速度に達した場合においても適確に所要量の塗油が合理的に自動的にされ得て、いささかの浪費もなからしめうる著大な工業的効果をもたらしうる」との記載があるけれども、成立に争のない甲第一号証(本願発明の明細書および図面)によれば、(イ)の点は、本願発明の一実施例にかかるものであることが明らかであるところ、実施例として記載されたものの構成部分がすべて発明必須の構成要件を示すものということはできないこというまでもなく、その中に潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射する旨の構成が記載されているとしても、右特許請求の範囲の項の記載と対比して考えるのに、これを本願発明の構成要件の一つと認めることはできないといわざるをえない。また、(ロ)の点については、これが、潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射する構成によつてはじめて得られる効果であるとは認め難く、また、本願発明の詳細なる説明の項中にその旨の記載も認められず、かえつて、前掲甲第一号証によれば、右効果は、電車車両の台車における走行中軌条に対しほとんどその位置を変化しない箇所に固定したブラケツトに、所要の調整用楕円孔を穿設した水平鈑および傾斜鈑を連成した調整ブラケツトを介在させて、車両に装備した噴油ノーズル(27)を前後上下に移動調整しうるようにし、これを、走行中、直線軌条たると曲線軌条たるとを問わず、ひとしく、軌条内側面と車輪縁との摺擦箇所に対し常時所要の一定角度を保持させる構成により得られるものとされていることが認められる。したがつて、潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射するとの構成は、本願発明の構成必須要件に属しないものといわなければならない。

三  そこで、右に判断したところと前掲甲第一号証とを合わせ考えると、本願発明の要旨は、潤滑油を噴射空気で包むようにして噴射するとの構成を含まないものとの趣旨で、「電車車両の台車における走行中軌条に対しほとんどその位置を変化しない箇所に固定せるブラケツトに、所要の調整用楕円孔を穿設した水平鈑および傾斜鈑を連成せる調整ブラケツトを介在させて、電車制動用圧縮空気の加圧で開口、給油する開閉弁を内装せる噴油ノーズル基体を、前後上下に移動調整しうるようにして、これを直線軌条たると曲線軌条たるとを問わず、軌条の内側面の車両縁との摺擦箇所に対し常時所要の一定角度を保持させることにより、車両走行中、終始、適確に所要量の潤滑油を自動的に塗油することを特徴とする軌条自動塗油方法」にあり、この本願発明の方法によれば、「電車車両の所要箇所に対するブラケツトの固定的取着と………所要の調整用楕円孔を穿設した水平鈑および傾斜鈑を連成せる調整ブラケツトの介在により、車両に装備せる噴油ノーズル基体従つて噴油ノーズルを、車両走行中、直線軌条たると曲線軌条たるとを問わず、ひとしく、軌条の内側面と車輪縁との摺擦箇所に対し常時所要の一定角度を保持させることができ、かつ、走行車両の車輪の軌条との摺擦摩耗による変化および荷重による軌条の撓曲等の具体的実情にもその所定の角度保持が影響せられることがなく、終始、いかなる電車速度に達した場合においても、適確に所要量の塗油が合理的に自動的にされ得て、その浪費もなからしめうる」工業的効果を達成しうべきものであることが認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。

一方、第一および第二引用例が請求の原因第三項記載のとおりのものであることについては、当事者間に争がなく、なお、成立について争のない甲第三号証の一、二(第一および第二引用例の公報)によれば、第一引用例の軌条自動給油装置は、機関車および列車が曲線軌道を通過する際その輪縁が曲線軌道の外方軌条の内側面を圧持することにより甚しく摩滅することを防止することを目的とし、機関車の前方転向車枠に固着した気密槽(A)に、噴霧器(I)、管(N)、管(P)、管(Q)および三通嘴子(O)を介して噴射口(U)を連絡し、圧縮空気の加圧によつて、機関車が曲線軌道を通過する際にだけ、その外方軌条すなわち外方の曲線軌条の内側面だけに自動的に給油するものであり、第二引用例は、電気車の前進後退にかかわらず、自動的または非自動的に制動用空気を利用して撤砂を行い制動効果を増大するものであることが認められる。

四  そこで、以上の認定にもとづいて、本願発明と第一および第二引用例とを対比して考えると、本願発明と第一引用例とは、車両の曲線軌道走行中にその際の外方軌条すなわち外方の曲線軌条の内側面に対し圧縮空気の加圧によつて噴油ノーズルから自動的に給油する点において一致し、本願発明と第二引用例とは、車両の走行中に軌条に対し所要の供給材料を制動用空気によつて自動的に供給する点において一致していることが認められるけれども、本願発明と右両引用例とは、つぎの点において顕著に相違していることが認められる。すなわち、本願発明においては、「車両の台車における走行中(a)軌条に対し、ほとんどその位置を変化しない箇所に固定したブラケツトに所要の調整用楕円孔を穿設した水平鈑および傾斜鈑を連成した調整ブラケツトを介在させて、(b)制動用圧縮空気の加圧で開口、給油する開閉弁を内装した噴油ノーズル基体を、前後上下に移動調整しうるようにして、(c)これを直線軌条たると曲線軌条たるとを問わず、(d)軌条の所要箇所に常時所要の一定角度を保持させることにより、(e)車両走行中、終始、自動的に給油する」構成を有するのに対し、第一および第二引用例においては、いずれも、このような構成に相当するものを欠いている。

本願発明は、この相違点にかかる構成を備えることによつて、前示認定のとおりの効果を達成しうるのに対し、第一および第二引用例においては、右の相違点における本願発明の構成に相当する構成を欠き、ことに、装置の位置の特定およびその所要に応ずる調整という技術思想が含まれていないため、右の効果、なかんずく、常時噴射口ないし噴油ノーズルに必要に応ずる一定角度を調整保持させ、車両走行中軌条と車輪との個別具体的事情に応ずる浪費のない適切な塗油を終始しうることを期待し難いものであることが推認できる。

なお、被告は、一般に部品の取付けにあたつてその部品のもつとも適当なところにその取付位置を適宜選択することや、ある部品に一つの部品を取り付けた場合に両者の相互の高さや角度の変位に応じ両者の相互位置を適当にするためにその位置を適宜調整することは、必要に応じ容易にしうることであるから、本願発明におけるようなブラケツトの取付け位置の選択、調整ブラケツトの使用については発明の存在を認められない旨主張するが、本願発明は、右のような一般的技術常識よりさらに具体的かつ特定的に限定された構成、すなわち、電車車両の台車における走行中軌条に対しほとんどその位置を変更しない箇所にブラケツトを固定しかつ所要の調整用楕円孔を穿設した水平鈑および傾斜鈑を連成した調整ブラケツトを用いたものにかかり、これを一概に一般的技術常識に属すると断じ去ることはできない。また、第二引用例については、同例は電気車において軌条の上面に対し撤砂を行うものであつて、本願発明のように軌条の内側面に塗油するものとは、その目的を異にするものであるから、本願発明が第二引用例と車両の走行中に軌条に所要の供給材料を制動用圧縮空気により自動的に供給する点において一致するからといつて、第一引用例の存することを考慮にいれても、本願発明を第二引用例の公知事実から当業者の容易に推考しうる程度のものということは困難である。

右のとおりであつて、本願発明は、前示のとおり、第一および第二引用例と一部一致するところがあるとしても、その余の主要な構成および効果において異なり、かつ、これまでに本願発明を実施したもののあることをうかがうに足りる証拠のない本件においては、当業技術者において両引用例および被告のいわゆる技術常識から容易に推考しうるものとすることはできないから、その余の点にわたつて判断を示すまでもなく、本願発明をたやすく第一および第二引用例ならびに右技術常識から当業技術者において容易に推考しうるものであり旧特許法第一条の発明を構成しないとした本件審決は、審理を尽さず理由不備の違法があり取消を免れない。よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例